夢で逢えたらほら,どんな言葉で君を抱き寄せる…
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謹以此文献給神谷さん,慶祝回帰後第一次公開節目
G線上の猫 ?
原作:宮城とおこ
CAST
神谷浩史:成川理也
森川智之:池田篤志
檜山修之:香坂遥人
平川大輔:成川佐紀
G線上の猫 ?
原作:宮城とおこ
CAST
神谷浩史:成川理也
森川智之:池田篤志
檜山修之:香坂遥人
平川大輔:成川佐紀
TRACK 01
池田:(ガキの頃から、捨て猫だのを見るとつい拾ってしまう。「絵にかいたようなお人好し」それが俺の性分。…なんだこれ?バイオリンのおケースか?)え、あ…(俺の部屋の前に、見しらの少年が倒れていた。左手の指の付け根が血に染まっていた。いっそ拾ったのが、ゴミとか子犬のほうがまたよかった。どことなく毛並みの良さげな高校生一匹。)
池田:チャーハン作ったから、食えよ。俺一人じゃメシ食いづらいから。あのバイオリンケース…お前の?
理也:俺のじゃないけど…んー…まぁ、弟の…双子の弟。
池田:え…双子なんだ。ほら、割り箸。お前、なんで俺の部屋の前で倒れてたんだよ?
理也:さあ…
池田:さあ?
理也:いや、てゆーか、覚えてない。記憶が飛ぶんだよね、時々。それで。
池田:覚えてないのか?
理也:うん。
池田:まいったなあ…まあいいや、とにかく朝んなったら電車動くし、それで家帰れな。いきがかり上拾ってやったけどよ、明日俺学校あるし、家出だか何だか知んねぇけど、お前高校生とかだろ?家の人だって心配とかしてるだろうし、それに病院にも行ったほうがいいしな、指の付け根がかなり深く切れてたぞ。包帯巻いておいたけど…お前食い方汚ねぇな!メシ粒半分落ちてんぞ!箸とかちゃんと使えないのかよ!こんな溢すか、普通。
理也:いいじゃん食えれば。俺別に困ってないもん。この箸の持ち方で。
池田:見てる俺が嫌なんだよ!そいでそのメシを作った俺も嫌なの!
理也:あんた俺のお母ちゃん?
池田:(このくそガキ…)それ食ったら寝ろ。そこのベッド使っていいから。
理也:なんた何て名前?
池田:あ…(立ち入ることと、名前を聞かずに、済まそうとしたことを見透かすような…)池田…篤志。
理也:ん〜俺は理也。成川理也。
佐野:お前マジでそこまで面倒見てやったの?
池田:まあな…
佐野:お人好しもそこまでいくと重要無形文化財だなあ。
池田:佐野ちゃん…
佐野:で帰ったのか?その高校生。
池田:いや…起きねぇんだもん、あいつ。
佐野:ばっか…たたき起こしてでも追い出せよ。たく…とにかく家に連絡すんのが先だな。連絡先がわかるものは?
池田:ふう〜寝てるスキに調べたけど、これと言って持ってなかったな。あとはバイオリン…
佐野:バイオリン?
池田:そう。それだけ持ってたの。
佐野:何だっけ?名前。
池田:成川理也。変な名前だろう。
佐野:成川…理也…
池田:なに?どうしたの?
佐野:いや、なんか聞いたことある気が…まあいいや、もう一度説得してダメなら警察だな。
池田:え?警察か…
佐野:お前お人好しすぎんだよ…じゃな。
池田:う ん…
理也:篤志!
池田:なんだお前まだいたのか?
理也:いいじゃん。俺あんたと居たいな。好きなタイプの人間だ。お人好し。
池田:…家に連絡したか?
理也:家?してないよ。てゆうか家なんてないよ。俺の家族は弟だけ、死んだ双子の弟だけだよ。
池田:…死ん…だ?
理也:そんな気まずそうな顔すんなよ。
池田:あ…あぁ。っで学校は?
理也:学校は行ってない。ずっと子供の頃から。
池田:え?じゃあお前普段何してんだ?
理也:愛人かな。金と暇を持て余した金持ちの年若い愛人てとこ?
池田:…むぅ…(ウソだろと言いたいが、真実味が…汚れてはいたけどいい身なりと知的な顔立ち、それに反して不自然なまでの不器用さ、いったいどこまでが本当で、どこまでが嘘なのか?)
池田:おい、お前バイオリン出来んの?
理也:ううん、それは本当に弟のだから。
池田:ふうん〜ケース、開けてみていい?
理也:あ。…弟はバイオリニストだったんだ、神童とか呼ばれてて。将来を嘱望されてて、New Yorkだかどこだかの音楽学校に行くことになってた。…けど、その前に死んだ。
池田:病気か何か?
理也:かして。
池田:(長い指…)お前…出来んじゃないか。
理也:……俺じゃない…
池田:え?
理也:バイオリンをひくのは…俺じゃなくて弟…俺じゃない…
池田:おい…どうした?
理也:俺の中にいる弟が…弟が勝手に…
池田:お前…すごい汗だぞ…
理也:死んだ弟は…死んだ弟は魂になって俺の中に入ってきて…俺はその日からバイオリンがひけるように…
池田:おい…
理也:バイオリンをひいてるのは俺じゃない、俺の中の弟がひいてるんだ…
池田:…大丈夫か?変だぞお前の言ってること…
理也:俺は…俺は嫌だったんだ、俺の中の弟が…やりたくもないバイオリンなんてやらされて…だから家を出て自分の手で指を…
池田:落ち着け!
理也:あ…つぅ…あぁッ…
池田:…おい…お前…っ理也…っ
(RRRRR…只今留守にしております。御用のある方は、メッセージをどうぞ。)
佐野:佐野だけど…
池田:佐野…
佐野:留守か?思い出した、成川理也。後で電話くれたら詳しく話すけど、天才バイオリニスト成川隆の一人息子だ。
池田:え?
佐野:帰ったら連絡くれよな。じゃな。
池田:一人息子?
理也:…ここは…
池田:理也…
理也:僕は…どうしてここに…あなたは誰…?
池田:え?
理也:どうして…何で僕は今ここに…?
池田:おい…落ち着け、な?
理也:痛…っ…
池田:あ…悪い…
理也:あ…なに?この包帯…
池田:何って…どうしたんだお前?さっきまでと何か違うぞ?
理也:あ…あの…僕…帰ります…もしかして何か御迷惑おかけしたんだったらすみませんでしたっ…
池田:理也っ…待てよ!
理也:ごめんなさい…僕…今…混乱してて…一人に…っ……
池田:…な…何だよ…(そう言って理也は別人みたいな顔をして逃げて行った。)
佐野:バイオリニスト成川隆を始めとして、成川の家系は音楽家多いんだな、息子の理也も、十一才にはコンクールで賞を取っている。
池田:十一才?
佐野:あぁ。さっき成川理也には双子の弟がいるって言ったなぁ。
池田:つうか、あいつが言ってたんだ。死んだ弟がいるって。
佐野:いや、双子じゃない。成川隆の一人息子だ。前付き合ってた女が音大でそっち系詳しいんだ。連絡とって確かめてみたから間違えない。
(理也:死んだ弟は魂になって俺の中に入ってきて…)
池田:(確かにあいつの言うことはおかしい、ウソもある。でもあの時は必死だった…少なくともあいつは、理也は自分の言うことを疑ってない。)すっきりしねぇ…
佐野:お前ってさぁ、ほっとけないと思うとダメなんだよな、頼られるとますますダメ。はまるとわかってても手出したがんのな?
池田:性分だから。
佐野:はあ…まあ、何にせよ、興味をそそられるのは事実だ。会いに行って見れば?忘れてったとかいうバイオリンでも持って。
池田:俺、あいつの家知んないんだけど、連絡先も…
佐野:学校だよ。桐峰学園の音楽科にいるって話だ。
TRACK 02
池田:(ここが桐峰学園の音楽科か…まいったなあ…まだ授業終わってねぇじゃん…やっぱりこれは、俺が待ってろってことなんでろな…ピアノの音か…こうゆうとこで毎日バイオリンひいて生活してるってのは…優雅っつうか…あ…?塀の上…?)理也!おい?!待てよ…理也っ…(また理也の表情が違う…)何で逃げようとしたんだ?俺が何かしたかよ!
理也:ふ…あんたが追っかけるからだろ?
池田:…あんなことより、お前は何してんだよ?授業中だろ。
理也:見りゃわかんだろ、サボんの。あんたこそ何しに来たのさ?
池田:これ、忘れてっただろ俺ん家に。
理也:…バイオリン?…もうどうでもいいよ、こんなもの。
池田:ちょっと待て、コラ!人がわざわざここまで…
理也:あんた、あいつに会った?
池田:え…何?
理也:あいつに会っただろ、俺の中の「弟」に。
池田:「弟」てのは…あの…?
先生:どこに行くつもりなんだ?戻って来なさい!
池田:…あれ、先生じゃないのか?
理也:知らねぇよ、頭おかしいんだ、あいつ!
先生:君のお家の方に頼まれているんだ!君から目を離すなと!お願いだから、早まった真似はしないでほしい!
池田:早まった真似って、何だよ?
理也:……君の、手の傷のことだ…バイオリニストが自ら自分の手を傷つけるなんて、何を考えているんd?君の才能の前に、一体何人の人間が膝を屈して来たのか、その人間の気持ちを考えたら…
理也:それはあんたのこと?
池田:おい!あんまりな言い草じゃねぇか、それ。心配してくれてんだろ?
理也:あいつをね。
池田:待ってくれ!お前の中にはお前自身と、その「弟」とかいうもう一人がいて…二人は全然別の存在だと言いたいのか?
理也:そうだよ。
先生:成川君…君には弟なんていないんだ。君は心を病んでいるんだ。カウンセラーが言っていただろう、一種の多重人格だと!
池田:えっ、多重人格…?
先生:君は自分の中にもう一人別の人間を作り上げてしまっている…それを「弟」と呼んでいるだけだ!今の君は本当の君じゃないんだ、偽者なんだ…
理也:あんたはそうやって俺を否定する、どいつもこいつも皆そうだ。あいつの周りにいるやつ全部!
先生:成川君…
理也:あんたらとっては、あいつだけが全てで俺は必要ない、そうだろ?そうらにろ、俺がどうしてそんなやつらの言うことを聞いてやらなくちゃいけないんだよ…っ!
池田:理也…っ
理也:篤志…あんたもあいつに会った、あんたはとっちを信じる?…俺とあいつをとりまく全てと。
池田:(——…どっとを?)
理也:…わかった。もういいよ。俺はもうあんたらとは関わりたくない…バイバイ、篤志。
池田:…理也…!「バイバイ」って…待てコラ…理也!何がどう「もういい」んだ言ってみろよ?
理也:あんたに関係ないだろ!離せよ!
池田:聞けよ!俺はお前の言うことがわかんないって言ってんだ、いきなりどっちか選べと言われても、選ぶことなができやしない!…その…人格が何たらとかいうのはおいとくとして、どっちにしろお前はお前だろ?何で選ばなくちゃいけないんだよ!
理也:…そういう風に聞き返してくんのが無神経でやだって言ってんだろ。あんたにゃ一生わかんないよ。だから「もういい」んだよ!バカ篤志!
池田:…!あのな、誰も理解する気がないなんていってないだろ?!それとも何もわかってなくてもただお前の言うことにうなずいてりゃそれでいいのかよ?!わかってほしいなら、バカな俺でもわかるように言え!
理也:…どういつもこいつも…「成川理也」にはバイオリニストであること以外何も期待してない。機械みたいに大人しくそれだけやってりゃ満足なんだよ!皆俺の存在を否定したがってる、「偽者」とか言って…!
池田:理也…
理也:俺自身も「成川理也」だということをあんたが信じないなら、俺が今ここにいるということをあんたがウソだと言うなら、あんたもあいつらと同じだ。
先生:…成川くん!とにかく校内に戻りなさい!
理也:ちッ!
池田:待ってください。
先生:君…君は部外者だろう。どういった知り合いなのかは知らないが…今の彼は目を離すと何をしでかすとわからないんだよ。この状態は彼にとって良くないのでね、こちらとしても一刻も早く何らかの処置を…
池田:こいつ今気立ってるから、ちょっと待ってやってくれませんか。
先生:…何を言ってるんだ?!このままでいることは彼にとって何一つプラスにならない…早く以前の状態を取り戻して音楽に専念すべきなんだ!
池田:おっしゃることもわかるんですが、今こいつは周りに対して信頼を失くしかけてる、無理強いしても仕方ないてしょう。
理也:(篤志…)
先生:君に何がわかる?!私は彼をもうずっと見てきたんだ、その私が言ってるんだよ!この状態のまま放置して、彼の甘えを助長するのはやめてくれないか!無意味な同情が彼をダメにするんだ!
池田:…あんた…なんでそういう言い方をするんだ?俺にはあんたがこいつの方だけを悪者にしてる気がすんですけど。
先生:何…
池田:それはそのほうがあんたにとってわかり易いからだろ?自分の抱いてて「理想像」と違うから。こいつの体の中に本当に二個分心があるなら、どっちもこいつ自身てことだろ。片っぽだけがまがいものってのは変だ。あんたみたいな人が「偽者」とか言うからこいつがますますひねくれんだろ。そうゆう考え方は不快だ!
先生:……!成川君…とにかくこっちへ来なさい!君…
池田:こいつは俺が家まで送ります。行くぞ、理也。
先生:待ちたまえ…
理也:手、離せよっ!
池田:やだね。逃げるから。
理也:逃げねぇよっ!
池田:…お前ん家、どこ?
理也:…やだ…あそこは俺が帰る場所じゃないから…いい…
池田:あんた…俺ん家でいいか。落ち着くまで居ていいから。(目を伏せて、何も答えようとしない理也、その時になってはじめて、理也ガ俺より全然ちっこいことに気が付いた。
TRACK 03
池田:何してんだ、お前…理也、お前マジに家帰る気ないの?…バイオリンはそんなやな訳?
理也:…俺じゃ、俺じゃねぇもんそれ…もうやだ…あいつも他のやつらもバイオリンバイオリンて、頭おかしいんじゃねぇの!
池田:理也…
理也:あの時も、学校の帰りに全部イヤんなって…電車乗ってずっと行って…的となことで降りて、コンビニ入って…指が無ければあいつのバイオリン気狂いに振り回されることもないって…でも…コンビニの安物カッターなんて全然使えねぇんだもん…
池田:…あんま無茶すんなよ。(不思議と、生意気な口のきき方がいつになく弱々しく思えた。
理也:……ん、……は!
池田:理也?目が覚めた?
理也:あ…あ、あのっ……その、僕…
池田:ああ、そっちの方か。
理也:な…何故…?
池田:俺とは、お前の学校で会って、その後家来たの、わかる?
理也:いぇ…僕は、その、ここで何を…そういえば前にも一回ここに…?あの時は確か……
池田:心配しなくていいよ、別に。
理也:でも…
池田:あぁ、そうだ、これ。
理也:…あ…っ…このバイオリン…ここに?
池田:うん。前来た時忘れてったヤツ。
理也:あ…ありがとうございます…よかった…どこにいったのかわからなかったから…
池田:バイオリンは好き?
理也:「好き」っていうより…僕にとって「必要」なものです……
池田:…そっか。そうだ、理也。手出してみ。
理也:え?
池田:いいから。
理也:あ…はい。……これ…
池田:うちの鍵。マスターキーだから無くすなよ。
理也:え?でも…
池田:今渡した鍵はもう一人のお前のために、お前には必要ないものかもしんないけど、もう一人が使う気になるかもしれないから。気休めだと思って持っときな。
理也:…あなたは…
池田:何かそうゆう呼び方されんの落ち着かねぇな。篤志でいいよ、池田篤志。…あっ…そっか、名前教えんの二度目だな。
理也:……池田、さん…
池田:(そうやって通い猫が来るのを待つのも悪くない。あの生意気な猫を。)
TRACK 04
生徒A:…ねぇ、一年の成川君てさあ、左の指の付け根からばっさり…切ったんだって自分で!それでバイオリンなんで出来んの?
生徒B:留学の話がダメになったとかって…ノイローゼとかなんじゃない?
生徒A:聞いた、成川のことを?
生徒C:聞いた、やっばいよねぇ。
理也:(——ポケットの中に鍵が一本入っている。僕の知らない、僕の逃げ道が…)……?香坂先輩?
香坂:ふう〜よう。
理也:何で練習室なんかに…
香坂:あんた、プロコフィエフいまいちだな。
理也:…何してるんですか、ここで。
香坂:寝てた。別にいいだろ寝る位。…それよりもう手は治った訳?包帯外したようだ けど。すげい噂になってんのしってる?…あんたまあ、有名人だしさ、それに、自分でやったんだって。
理也:……
香坂:こっち来な、成川。見してみ手。
理也:…なっ…
香坂:ふう〜だから、こっち来いよ。
理也:嫌です。
香坂:見るだけだろ。口答えすんなよ。まぁ、あんたがヤダって言う時は意地でも動かねぇの、知ってっけどな。来いよ。
理也:……
香坂:出しな、手を。うん〜傷跡残ってんじゃん。この跡さあ…
理也:(もう痛くはないけど、まだちょっと違和感がある。)…もう離して…
香坂:まだ。この跡さあ、もう痛いとかないんだろ。じっとしてな。……っ
理也:……
香坂:…あれ、感じた?(バイオリンがなくなったら、あんたに何が残んの?理也ちゃん…)
理也:(——冷たい…鍵——…僕は知らなかった、この鍵が全ての始まりになることを——)
TRACK 05
生徒A:あれ、今日は帰るんだ?
生徒B:あ、お前残んの?
理也:三時半か…少し遅くなっちゃったかな…(僕は毎年行われる桐高の定例演奏会の代表になりだかった。必死だった、他の全部は捨ててもいいと思うほど、僕の全てはバイオリンだった。でも少しずつ、色んなことが変わりはじめていたのに、僕は気が付いていなかった。)
理也:…あ、あ…えっと、三時半からこの部屋杉浦先輩と利用許可取ってるんですが…
香坂:…あぁ、何、杉浦と二人で?
理也:定例演奏会の練習です。杉浦先輩に伴奏やってもらうから…
香坂:あんた、代表だっけ?
理也:あの…聞いたんですけど、代表の候補に先輩の名前が上がってたって。三年なんだし、先輩出たらいいじゃないですか?
香坂:何で、やだね、面倒くさい。
理也:…僕だって別に出たい訳じゃないですけど…一年が代表になったってもめるだけだし、そういうのわずわらしくて…
香坂:へぇ…もめてんの?
理也:まぁ…それはその…もめてるっていうか…
香坂:何それ?
理也:あっ…かっ…返してください!
香坂:あんたよくそれいじってない?何の鍵?
理也:…何の…って、家の…
香坂:家?
杉浦:ごめん!なるちゃん…ちょっと遅れちゃっ……て?
理也:杉浦先輩…
杉浦:あれ?ちょっと香坂——何でここに居んの?
香坂:…んじゃ、お邪魔なようなんで。成川さあ、バイオリンなんてやめれば?
理也:…は…
香坂:ここ。あんたの左の首筋硬くなってる。あんたバイオリンの持ち方癖あるから。
理也:さ…触らないでください!
香坂:あんた首長くて白いから目立つ、みっともない。
理也:そんなの…別にどうでもいいです、首のタコぐらい!僕は他にこれといって取り得もないしやめません!
香坂:あっそ。
杉浦:香坂ってさあ、なるちゃんのことマジお気にだよね〜
理也:…はぁ?
杉浦:見てれば誰でもそう思うって〜なるちゃんはなるちゃんで、香坂ファンだし〜もしかしてラブラブ?
理也:…ちがっ…何その「ファン」って…
杉浦:だって前言ってたじゃん!中三の時うちの高校の公開実技見に来て〜香坂のバイオリン始めて聴いて、感動にうち震えたって。
理也:言っ…言ってません!
杉浦:あれ?「むせび泣いた」だっけ?
理也:なっ…そんな大げさなこともっと言ってません!
杉浦:そうだっけ?
理也:そうです!だから別に好きとかじゃなくて…第一あの人…今は全然まじめにやってないし、今更そんな…
杉浦:うん…確かに。実のところもう音楽に興味ないんじゃん、香坂って。何か音大に行く気ないみたいだし。
理也:…えっ…そうなんだ…
杉浦:らしいよ。まあ、なるちゃんみたくバイオリン一筋の子からしたら、アレかもね〜
理也:(…「バイオリンの無い生活」…想像もつかない、そんなこと。)
杉浦:…なるちゃん、それクセ?
理也:え?
杉浦:鍵いじるの。よくやってるから。
理也:いや…クセっていうか…(どうして受け取ってしまったんだろう、あの日…)
理也:この鍵…お返しします…っどうして…僕がこれをお預かりする理由がありません…!
池田:お前んちってどこで乗り換えんだっけ?切符買うから。
理也:あの…だってこれ…何だか…僕が持ってちゃいけない気がする…
池田:いいって持ってな…好きな時に来ていいから。
理也:(僕は、池田さんの所で自ら指を切った…らしい。だからこそ、もう二度とあそこへは行かないし…二度と会わない…怖いんだ。また自分を失いそうで——なのに…)
三森:杉浦先輩。
杉浦:三森さん…
三森:どうも。演奏会の練習ですか。
杉浦:そうよ。
理也:えぇ…
三森:どうですか。でもまだ代表確定した訳じゃないし。お二人で練習なんて無意味だと思いますけど。
杉浦:…は?
三森:成川君は確かにうまいかもしれないけど、精神的に弱いから。それじゃ演奏家としてはやっていけないんじゃないですか?
理也:……!
三森:成川君を代表にして留学ダメになった時みたいに騒がれたら、バイオリン専攻全体が迷惑です。
杉浦:あんたねぇ、何が言いたい訳?
三森:私先生方にあって、正式に申し入れました。どうして一年の成川君がバイオリン専攻の代表になるんですかって。桐峰学園の定例演奏会は毎年三年生、例外でも二年が代表になっているはずです。来週大学の方から教授が指導にいらっしゃいますから、その時、誰が代表にふさわしいのか教授に決めていただくつもりです。私、あなたには負けません!
理也:それでこのわずらわしい揉めことが収まるなら、僕はその選考方法でかまいませんよ。
三森:…あなたなんて、本当に指切り落としちゃえばよかったのに!
杉浦:何なのあいつ!
理也:杉浦先輩…いいんです。事実だし。
杉浦:全然よくないよ!何あのでかい態度!
理也:わかんなくもないですから。ああいう必死さって。
杉浦:…でもなるちゃん…眉間にシワよってるけど…
理也:(——あれから記憶が飛んだりすることはないし、気持ちは落ち着いている。何があっても、もう逃げらしいたりしない。——…なのに、どうしてこの鍵を手放すことが出来ないんだろう…)
理也:今日楽譜持って帰らないと…あれ?楽譜がない?確かにロッか入れたはずなんだけど…あ…はい?あんな所に楽譜が…まさか…?
(三森:私、あなたにはまけません!)
理也:…すっごい低レベル…小学生並の嫌がらせ…窓から楽譜押すとなんて、しかも木の枝に引っかかってるし…はい…ここ二階だし…まいったなぁ…ちょっと…手届くかな…ちょ…コラ…届け…
香坂:何やってんの?あんた。
理也:…な、何でもありません…
香坂:あの木の上の楽譜、あれあんたがやったの?…って、んな訳ないか。取るんだろ?あれ。早く取れよ、見ててやるから。
理也:言われなくても取ります。
香坂:あんたさあ、あれがそんなに大事?
理也:ほっといてください!あなたはどうしてそう、僕の嫌がることばっかり…バイオリンやめろとかくだらないとか言うんですか。
香坂:別に。てゆうか、あんた音楽やっててもちっとも楽しそうじゃないし。
理也:……!僕は自分の楽しみのために音楽やってる訳じゃない…物心ついたころから、バイオリンばっかり…他にも何でもない。それだけが僕の価値を決める。だからもうここ以外には居場所がないって、必死になって…そんなのはたから見て、さぞ滑稽でしょう!
香坂:…マジでそう思ってんの?
理也:えっ……!あぁ…落ち……!
香坂:やめちゃえよ…あんたさえ望めは、ここ以外にあんたの居場所を作ってやる。…鍵…?
TRACK 06
池田:連絡先聞いといたんだよな…電話してみるか…?あの日、鍵を渡した日から、理也には全然会ってない。自分で指切ったり、学校飛び出したり——俺の目の届かない所で何やってんのか、気になって……って、何をそこまで気いもんでんだ俺…鍵、まだ持ってかな…
理也:あの…たびたびすみません…鍵、届いてないですか?
先生:ああ、まだ届いてないみたい。落としたの一週間前だっけ?
理也:はい…
先生:それじゃ、残念だけど、出てこないかもねぇ…
理也:…そうですか、有難うございました。(…どうしよう…たぶん、落としたのはあの日…香坂先輩に、キスをされた時だ。あれから毎日学校の事務局に問い合わせをしているのに、まだ見つからない。あとはもう、香坂先輩に聞くしか…でも、先輩とは…顔あわせたくない…)
杉浦:あれ?なるちゃん。
理也:あ、杉浦先輩。
杉浦:どうしたの?今日って大学部から教授が来るって言ってなかったけ。
理也:あ、はい。これからです。
杉浦:じゃ、さあ、あの三森と対決ってことでしょ?ま、いっちょキューってしめてきてよ。
理也:何そのキューって…
杉浦:やぁん〜だってハラ立つんだもん。売られたケンカ買うからにはさあ。
理也:え?…ええ。勝ちますよ。
杉浦:おしゃ!あ、そうだ。ところでさ、話は変わるんだけど。香坂にさあ…あげた?
理也:……!なっ…な…何を?
杉浦:鍵よ。
理也:…は…?
杉浦:ねぇ、あの鍵って結局何の鍵だったの?
理也:…あ…
杉浦:…ごめん、変なこと聞いたかな。でもなるちゃん、すごく大事にしてたから。…持ってたんだよね、香坂があの鍵に似たようなの。
理也:(…香坂先輩が?…やっぱりあの時落としたんだ…でもどうして先輩が…)
理也:失礼します。(……!何故…香坂先輩がここにいるんだ?)
教授:では、始めましょうか?
理也:…えっ、あの…待…待ってください…今日僕見森先輩と一緒に聞いてたんですけど…
教授:ああ、三森さんとのお話はもう済みました。成川君からどうぞ。
理也:…あっ…はい。(何故香坂先輩が…どういうこと?今ここで、大学部の教授に認められたほうが代表に選ばれるというのに。…何故この人がここにいるんだろう?その気はないって言ってたのに。あれは嘘…?いつも僕はこの人に振り回されてばかりいる——)
教授:今日は集中力に欠けているようですね。少し休みましょう。君は意識を集中させる必要があります。
理也:…はい。すみません…
教授:では次、香坂君。君は何をひきますか?
香坂:成川の演奏会の演目は?
教授:ブラームスのソナタ三番ですが。
香坂:じゃそれで。
理也:なっ…(嫌だ。この人と関わりたくない。今ここで僕と争うことも、あの鍵を持っていることも、キスしたことも…僕には、あの人の考えてることが何一つわからない。
理也:香坂先輩!待ってください!
香坂:何?
理也:何って…どうなってるんですか?
香坂:さあ、俺は呼ばれただけだから。先生方のほうで何かいろいろあったんじゃねぇの?
理也:僕には事情を聞く権利があると思います。先輩が演奏会出るんですか?
香坂:そんな面倒なことやる気ないって、前に言わなかったっけ?
理也:じゃあ何で今日のレッスン出てきたんですか?!しかもわざわざ僕の演目選んで!
香坂:…何であんたがそんな怒んの?三森もいなくなったし、どうせあんたが代表んなるんだからいいだろ。
理也:いい訳ないでしょう!あなたって人はどうしてそう嫌からせばっかり…僕のことが気にくわないんだったら、はっきりそう言ったらいい…!
香坂:…別に…あんたの泣くとこが見たいだけ。
理也:…な…
香坂:あのさ、前から思ってたんだけど、あんたの左手、中指でビブラートかける時変なクセが出んのなかすかだけど…指切った後から、あんたはうまくごまかしてるつもりなんだろうけど、実際よく動かないんだろ?その指。
理也:……
TRACK 07
池田:理也!理也!理也!
理也:…あ…あれは…夢?どこだっけ?ここ…何だ、家か…夜の七時過ぎか?それしても僕…いつかって、いつベットに?…あ…あれ?おかしい…確かさっきまで学校にいて…香坂先輩と…また…まただ…思い出せない…落ち着け…落ち着けってば…あの後僕はどこで何を…
(池田:好きな時に来ていいから。)
理也:…まさか…また…池田さんのとこにいた…?…あって聞けばいい。僕が池田さんの所にいたかどうか…あ、鍵…ないんだ…後から思えば、僕はこの時完全に冷静さを欠いていて、自分の考えが矛盾だらけなのに、気づかなかった。
女:はい。香坂でございます。
理也:こんばんは。…あの、桐峰学園の成川と申しますが…香坂先輩はいらっしゃいますか?
女:桐峰学園の成川様…ですね?遙人さんは今いらっしゃいませんので…
理也:えっ?
女:折り返しお電話するように申し伝えませので、よろしいでしょうか?
理也:あ、はい…じゃあ、お願いします。失礼します。(…何かお手伝いさんぽい…いい家の出って聞いてたけど、本当だったんだ…)
(RRRR…)
理也:…はい!
香坂:成川?
理也:はい…
香坂:俺の家に電話したんだろう?何のよ用?あんた俺のことを避けてるだろうと思ってたけど。
理也:…あの、杉浦先輩から聞いたんですけど…先輩があの鍵持ってるって…
香坂:鍵?…持ってるって言ったら?
理也:…返してください…!あれ僕のじゃないから…返さないといけないんです。
香坂:じゃ取りに来れば?取りに来いよ、俺んちに。返してほしいんだろ?どうする?
理也:(嫌な感じはした、けれど…僕はバカだった、何もわかっていなかったんだ。)
香坂:よう。わざわざどうも。
理也:あの、鍵を…
香坂:上がれば?
理也:えっ…
香坂:来るなり取るものとって玄関先で失礼、ってそりゃないだろ。
理也:…あ…はい。(何で広いワンルーム·マンションなんだろ…でも家具が…目に入るのは作りつけの収納とベッドだ。)ここ…自宅じゃない…ですよね?家族の方は…
香坂:自宅学校から遠くて、通うの面倒だし、ここは借りてる部屋だ。
理也:寮とか入らないんですか?
香坂:何で俺が、あんたんちだって、親海外なんだろ?
理也:えぇ…まあ…
香坂:それより、ポケットつっ立ってないで、座れば?
理也:は…はい。
香坂:バカ。床なんかじゃなくて、こっちに座るな。
理也:えっ…ベッド…?
香坂:ちょっと待ってろ。
理也:なんだ…やっぱり先輩鍵持ってたんだ。あの時拾ったならすぐ返してくれてもいいのに…またいつもの嫌がらせ…なのかな…
(池田:好きな時に来ていいから。)
理也:(池田さんに返そう…すぐにでも。最初から受け取らなければよかったんだ。このままあれを持っていたら、自分が弱くなる気がする…池田さんを逃げ場所にはしたくない…えっ?逃げ場所…?…あ…違う!何考えてるんだ、僕は…無意識の落ちに…僕は池田さんの存在を自分の逃げ場所だと思っていったなんで…もう池田さんの家に行かないし、池田さんに今合わないって決めたのに…そう決めたんだったら、焦ってここへ来てことに何の意味もない…それより何より、今ここに来たことが、本当に正しかったんだろうか…)
香坂:ほら。
理也:あっつ…!返して…!
香坂:ただじゃ返せないよな。これは誰の家の鍵だ?
理也:そんなこと…別にどうでも…
香坂:ふうん…言えないような相手な訳?
理也:…あっ…
香坂:言えよ。あんたがはっきり言わなくても、この鍵に特別な意味があることぐらいすぐわかる。制服のポケットにずっと入れてて、あんなにいじくり回してりゃな。
理也:(——特別…な…意味?——…それは僕には必要ないもので…すぐにでも返すから、今日こそ…)
(池田:気休めにでも持っときな。)
理也:(…受け取ったくせに、拒まなかったくせに…ずっと持ってたくせに…)…意味なんてない…意味なんてあるはずない…だって…それは僕がもらったものじゃない…(——…嘘つき——僕は嘘ばっかりだ。)
香坂:…まあ、何でもいいけど。
理也:な…っ
香坂:ただじゃ返せないって言ったろ。
理也:…ちょっ…ちょっと…な…何を…?!
香坂:あんた、もしかしなくてもこうゆうこと初めて?
理也:…っ…
香坂:なら教えてやるよ。…あんたが知らないだけで、バイオリンなんかよりはまれることがあるってこと。
理也:…あっ…やっ…止めて!…
香坂:…ほら…
理也:な…冗談は止めてくださ…は…ま…待って…やだっ…
香坂:暴れんな、こら…そう、大人しくしてな。
理也:…なんで…?ど…してこんな…?
香坂:あんた見てると、無性に虐めたくなる。大人しそうなフリして、実はプライドだけは人の何倍も高くて。
理也:ちょっ…そんなとこ…!
香坂:他人はどうでもいいとか言いつつ、負けるのは嫌。
理也:…もうやだ…っ…嫌だってば…
香坂:嘘つけ…いつも物欲しげな顔してたくせに。
理也:…え?…してないっ…物欲しげなんて…ひどい…!僕はそんな…
香坂:ちょっとして…
理也:……(——…嫌だ。いつもひどいこそるすくせに、こんな優しく触れてくるのは…)
香坂:あんたは人にすがるのはプライドが許さないくせに、ずっと一人でいるのも嫌なんだろ?
理也:…そんなこと…
香坂:誰かに依存したいって思ってる。
理也:(…誰か…に…?その時、僕の脳に浮かんだのは池田さんの後姿。)
香坂:ほら、この鍵を返して来い、すぐに。こんなものもうあんたには必要ないだろ?あんたは最後には俺の所に来る。
理也:……!
(RRRRR…)
理也:うるさい…誰…?はい…成川です。
池田:…あ、いた。池田だけども…理也?お前んち、家の人とかいないの?こんな夜んなっても誰も出ないからさ。何かあったのかと思ってちょっと心配した。
理也:…な…んで…
池田:理也、今日俺の学校の前にいただろ?理也、俺と目が裏に逃げたしたような?追いかけをとしたけど、見失っちゃって、あんま突然たったから気になって…
理也:…あ…僕…行ってたんですか…?池田さんの所…
池田:…やっぱ覚えてないのか?
理也:…はっ…
池田:理也?…どうした?理也!何か…
理也:…な…何で…?もう嫌だ…僕は…っ僕はあなたの所に行く気なんてなかった…!
池田:おい…理也…
理也:…もうあなたの所には行かないつもりだった。鍵だって返そうと…
池田:理也、ちょっと落ち着け、な?今から俺お前んとこ行くから…
理也:やめてください!本当に会いたくないんです!
池田:えっ!
理也:…嫌なんです。自分で自分を抑えられないのが…あなたに会うと自分がどうなるかわからないから、だから会いたくない!
池田:…いいよ、別に。
理也:……?!
池田:俺が理也のフォローするから。俺が側にいる時なら俺がみててやれるし、やばい時は止めてやれる。…一人でいるよりは、誰かがいたほうがいいと思うんだ。
理也:…どうしてあなたがそこまでする必要があるんですか?何回か会っただけなのに。
池田:…さあ…自分でもうまく説明できないんだけど…なんかほっとけないんだ、お前のこと。
理也:……やめてください…僕にはわからないから…そういうこと言わないでください。
池田:…うん、ごめんな、変なこと言って…でもさ、また何かあったら、いつでも来ていいから。…じゃ、な。
(香坂:…誰かに依存したいって思ってる…)
理也:僕は…僕は…どうしたいんだ?…もう…訳わかんな…
池田:(ガキの頃から、捨て猫だのを見るとつい拾ってしまう。「絵にかいたようなお人好し」それが俺の性分。…なんだこれ?バイオリンのおケースか?)え、あ…(俺の部屋の前に、見しらの少年が倒れていた。左手の指の付け根が血に染まっていた。いっそ拾ったのが、ゴミとか子犬のほうがまたよかった。どことなく毛並みの良さげな高校生一匹。)
池田:チャーハン作ったから、食えよ。俺一人じゃメシ食いづらいから。あのバイオリンケース…お前の?
理也:俺のじゃないけど…んー…まぁ、弟の…双子の弟。
池田:え…双子なんだ。ほら、割り箸。お前、なんで俺の部屋の前で倒れてたんだよ?
理也:さあ…
池田:さあ?
理也:いや、てゆーか、覚えてない。記憶が飛ぶんだよね、時々。それで。
池田:覚えてないのか?
理也:うん。
池田:まいったなあ…まあいいや、とにかく朝んなったら電車動くし、それで家帰れな。いきがかり上拾ってやったけどよ、明日俺学校あるし、家出だか何だか知んねぇけど、お前高校生とかだろ?家の人だって心配とかしてるだろうし、それに病院にも行ったほうがいいしな、指の付け根がかなり深く切れてたぞ。包帯巻いておいたけど…お前食い方汚ねぇな!メシ粒半分落ちてんぞ!箸とかちゃんと使えないのかよ!こんな溢すか、普通。
理也:いいじゃん食えれば。俺別に困ってないもん。この箸の持ち方で。
池田:見てる俺が嫌なんだよ!そいでそのメシを作った俺も嫌なの!
理也:あんた俺のお母ちゃん?
池田:(このくそガキ…)それ食ったら寝ろ。そこのベッド使っていいから。
理也:なんた何て名前?
池田:あ…(立ち入ることと、名前を聞かずに、済まそうとしたことを見透かすような…)池田…篤志。
理也:ん〜俺は理也。成川理也。
佐野:お前マジでそこまで面倒見てやったの?
池田:まあな…
佐野:お人好しもそこまでいくと重要無形文化財だなあ。
池田:佐野ちゃん…
佐野:で帰ったのか?その高校生。
池田:いや…起きねぇんだもん、あいつ。
佐野:ばっか…たたき起こしてでも追い出せよ。たく…とにかく家に連絡すんのが先だな。連絡先がわかるものは?
池田:ふう〜寝てるスキに調べたけど、これと言って持ってなかったな。あとはバイオリン…
佐野:バイオリン?
池田:そう。それだけ持ってたの。
佐野:何だっけ?名前。
池田:成川理也。変な名前だろう。
佐野:成川…理也…
池田:なに?どうしたの?
佐野:いや、なんか聞いたことある気が…まあいいや、もう一度説得してダメなら警察だな。
池田:え?警察か…
佐野:お前お人好しすぎんだよ…じゃな。
池田:う ん…
理也:篤志!
池田:なんだお前まだいたのか?
理也:いいじゃん。俺あんたと居たいな。好きなタイプの人間だ。お人好し。
池田:…家に連絡したか?
理也:家?してないよ。てゆうか家なんてないよ。俺の家族は弟だけ、死んだ双子の弟だけだよ。
池田:…死ん…だ?
理也:そんな気まずそうな顔すんなよ。
池田:あ…あぁ。っで学校は?
理也:学校は行ってない。ずっと子供の頃から。
池田:え?じゃあお前普段何してんだ?
理也:愛人かな。金と暇を持て余した金持ちの年若い愛人てとこ?
池田:…むぅ…(ウソだろと言いたいが、真実味が…汚れてはいたけどいい身なりと知的な顔立ち、それに反して不自然なまでの不器用さ、いったいどこまでが本当で、どこまでが嘘なのか?)
池田:おい、お前バイオリン出来んの?
理也:ううん、それは本当に弟のだから。
池田:ふうん〜ケース、開けてみていい?
理也:あ。…弟はバイオリニストだったんだ、神童とか呼ばれてて。将来を嘱望されてて、New Yorkだかどこだかの音楽学校に行くことになってた。…けど、その前に死んだ。
池田:病気か何か?
理也:かして。
池田:(長い指…)お前…出来んじゃないか。
理也:……俺じゃない…
池田:え?
理也:バイオリンをひくのは…俺じゃなくて弟…俺じゃない…
池田:おい…どうした?
理也:俺の中にいる弟が…弟が勝手に…
池田:お前…すごい汗だぞ…
理也:死んだ弟は…死んだ弟は魂になって俺の中に入ってきて…俺はその日からバイオリンがひけるように…
池田:おい…
理也:バイオリンをひいてるのは俺じゃない、俺の中の弟がひいてるんだ…
池田:…大丈夫か?変だぞお前の言ってること…
理也:俺は…俺は嫌だったんだ、俺の中の弟が…やりたくもないバイオリンなんてやらされて…だから家を出て自分の手で指を…
池田:落ち着け!
理也:あ…つぅ…あぁッ…
池田:…おい…お前…っ理也…っ
(RRRRR…只今留守にしております。御用のある方は、メッセージをどうぞ。)
佐野:佐野だけど…
池田:佐野…
佐野:留守か?思い出した、成川理也。後で電話くれたら詳しく話すけど、天才バイオリニスト成川隆の一人息子だ。
池田:え?
佐野:帰ったら連絡くれよな。じゃな。
池田:一人息子?
理也:…ここは…
池田:理也…
理也:僕は…どうしてここに…あなたは誰…?
池田:え?
理也:どうして…何で僕は今ここに…?
池田:おい…落ち着け、な?
理也:痛…っ…
池田:あ…悪い…
理也:あ…なに?この包帯…
池田:何って…どうしたんだお前?さっきまでと何か違うぞ?
理也:あ…あの…僕…帰ります…もしかして何か御迷惑おかけしたんだったらすみませんでしたっ…
池田:理也っ…待てよ!
理也:ごめんなさい…僕…今…混乱してて…一人に…っ……
池田:…な…何だよ…(そう言って理也は別人みたいな顔をして逃げて行った。)
佐野:バイオリニスト成川隆を始めとして、成川の家系は音楽家多いんだな、息子の理也も、十一才にはコンクールで賞を取っている。
池田:十一才?
佐野:あぁ。さっき成川理也には双子の弟がいるって言ったなぁ。
池田:つうか、あいつが言ってたんだ。死んだ弟がいるって。
佐野:いや、双子じゃない。成川隆の一人息子だ。前付き合ってた女が音大でそっち系詳しいんだ。連絡とって確かめてみたから間違えない。
(理也:死んだ弟は魂になって俺の中に入ってきて…)
池田:(確かにあいつの言うことはおかしい、ウソもある。でもあの時は必死だった…少なくともあいつは、理也は自分の言うことを疑ってない。)すっきりしねぇ…
佐野:お前ってさぁ、ほっとけないと思うとダメなんだよな、頼られるとますますダメ。はまるとわかってても手出したがんのな?
池田:性分だから。
佐野:はあ…まあ、何にせよ、興味をそそられるのは事実だ。会いに行って見れば?忘れてったとかいうバイオリンでも持って。
池田:俺、あいつの家知んないんだけど、連絡先も…
佐野:学校だよ。桐峰学園の音楽科にいるって話だ。
TRACK 02
池田:(ここが桐峰学園の音楽科か…まいったなあ…まだ授業終わってねぇじゃん…やっぱりこれは、俺が待ってろってことなんでろな…ピアノの音か…こうゆうとこで毎日バイオリンひいて生活してるってのは…優雅っつうか…あ…?塀の上…?)理也!おい?!待てよ…理也っ…(また理也の表情が違う…)何で逃げようとしたんだ?俺が何かしたかよ!
理也:ふ…あんたが追っかけるからだろ?
池田:…あんなことより、お前は何してんだよ?授業中だろ。
理也:見りゃわかんだろ、サボんの。あんたこそ何しに来たのさ?
池田:これ、忘れてっただろ俺ん家に。
理也:…バイオリン?…もうどうでもいいよ、こんなもの。
池田:ちょっと待て、コラ!人がわざわざここまで…
理也:あんた、あいつに会った?
池田:え…何?
理也:あいつに会っただろ、俺の中の「弟」に。
池田:「弟」てのは…あの…?
先生:どこに行くつもりなんだ?戻って来なさい!
池田:…あれ、先生じゃないのか?
理也:知らねぇよ、頭おかしいんだ、あいつ!
先生:君のお家の方に頼まれているんだ!君から目を離すなと!お願いだから、早まった真似はしないでほしい!
池田:早まった真似って、何だよ?
理也:……君の、手の傷のことだ…バイオリニストが自ら自分の手を傷つけるなんて、何を考えているんd?君の才能の前に、一体何人の人間が膝を屈して来たのか、その人間の気持ちを考えたら…
理也:それはあんたのこと?
池田:おい!あんまりな言い草じゃねぇか、それ。心配してくれてんだろ?
理也:あいつをね。
池田:待ってくれ!お前の中にはお前自身と、その「弟」とかいうもう一人がいて…二人は全然別の存在だと言いたいのか?
理也:そうだよ。
先生:成川君…君には弟なんていないんだ。君は心を病んでいるんだ。カウンセラーが言っていただろう、一種の多重人格だと!
池田:えっ、多重人格…?
先生:君は自分の中にもう一人別の人間を作り上げてしまっている…それを「弟」と呼んでいるだけだ!今の君は本当の君じゃないんだ、偽者なんだ…
理也:あんたはそうやって俺を否定する、どいつもこいつも皆そうだ。あいつの周りにいるやつ全部!
先生:成川君…
理也:あんたらとっては、あいつだけが全てで俺は必要ない、そうだろ?そうらにろ、俺がどうしてそんなやつらの言うことを聞いてやらなくちゃいけないんだよ…っ!
池田:理也…っ
理也:篤志…あんたもあいつに会った、あんたはとっちを信じる?…俺とあいつをとりまく全てと。
池田:(——…どっとを?)
理也:…わかった。もういいよ。俺はもうあんたらとは関わりたくない…バイバイ、篤志。
池田:…理也…!「バイバイ」って…待てコラ…理也!何がどう「もういい」んだ言ってみろよ?
理也:あんたに関係ないだろ!離せよ!
池田:聞けよ!俺はお前の言うことがわかんないって言ってんだ、いきなりどっちか選べと言われても、選ぶことなができやしない!…その…人格が何たらとかいうのはおいとくとして、どっちにしろお前はお前だろ?何で選ばなくちゃいけないんだよ!
理也:…そういう風に聞き返してくんのが無神経でやだって言ってんだろ。あんたにゃ一生わかんないよ。だから「もういい」んだよ!バカ篤志!
池田:…!あのな、誰も理解する気がないなんていってないだろ?!それとも何もわかってなくてもただお前の言うことにうなずいてりゃそれでいいのかよ?!わかってほしいなら、バカな俺でもわかるように言え!
理也:…どういつもこいつも…「成川理也」にはバイオリニストであること以外何も期待してない。機械みたいに大人しくそれだけやってりゃ満足なんだよ!皆俺の存在を否定したがってる、「偽者」とか言って…!
池田:理也…
理也:俺自身も「成川理也」だということをあんたが信じないなら、俺が今ここにいるということをあんたがウソだと言うなら、あんたもあいつらと同じだ。
先生:…成川くん!とにかく校内に戻りなさい!
理也:ちッ!
池田:待ってください。
先生:君…君は部外者だろう。どういった知り合いなのかは知らないが…今の彼は目を離すと何をしでかすとわからないんだよ。この状態は彼にとって良くないのでね、こちらとしても一刻も早く何らかの処置を…
池田:こいつ今気立ってるから、ちょっと待ってやってくれませんか。
先生:…何を言ってるんだ?!このままでいることは彼にとって何一つプラスにならない…早く以前の状態を取り戻して音楽に専念すべきなんだ!
池田:おっしゃることもわかるんですが、今こいつは周りに対して信頼を失くしかけてる、無理強いしても仕方ないてしょう。
理也:(篤志…)
先生:君に何がわかる?!私は彼をもうずっと見てきたんだ、その私が言ってるんだよ!この状態のまま放置して、彼の甘えを助長するのはやめてくれないか!無意味な同情が彼をダメにするんだ!
池田:…あんた…なんでそういう言い方をするんだ?俺にはあんたがこいつの方だけを悪者にしてる気がすんですけど。
先生:何…
池田:それはそのほうがあんたにとってわかり易いからだろ?自分の抱いてて「理想像」と違うから。こいつの体の中に本当に二個分心があるなら、どっちもこいつ自身てことだろ。片っぽだけがまがいものってのは変だ。あんたみたいな人が「偽者」とか言うからこいつがますますひねくれんだろ。そうゆう考え方は不快だ!
先生:……!成川君…とにかくこっちへ来なさい!君…
池田:こいつは俺が家まで送ります。行くぞ、理也。
先生:待ちたまえ…
理也:手、離せよっ!
池田:やだね。逃げるから。
理也:逃げねぇよっ!
池田:…お前ん家、どこ?
理也:…やだ…あそこは俺が帰る場所じゃないから…いい…
池田:あんた…俺ん家でいいか。落ち着くまで居ていいから。(目を伏せて、何も答えようとしない理也、その時になってはじめて、理也ガ俺より全然ちっこいことに気が付いた。
TRACK 03
池田:何してんだ、お前…理也、お前マジに家帰る気ないの?…バイオリンはそんなやな訳?
理也:…俺じゃ、俺じゃねぇもんそれ…もうやだ…あいつも他のやつらもバイオリンバイオリンて、頭おかしいんじゃねぇの!
池田:理也…
理也:あの時も、学校の帰りに全部イヤんなって…電車乗ってずっと行って…的となことで降りて、コンビニ入って…指が無ければあいつのバイオリン気狂いに振り回されることもないって…でも…コンビニの安物カッターなんて全然使えねぇんだもん…
池田:…あんま無茶すんなよ。(不思議と、生意気な口のきき方がいつになく弱々しく思えた。
理也:……ん、……は!
池田:理也?目が覚めた?
理也:あ…あ、あのっ……その、僕…
池田:ああ、そっちの方か。
理也:な…何故…?
池田:俺とは、お前の学校で会って、その後家来たの、わかる?
理也:いぇ…僕は、その、ここで何を…そういえば前にも一回ここに…?あの時は確か……
池田:心配しなくていいよ、別に。
理也:でも…
池田:あぁ、そうだ、これ。
理也:…あ…っ…このバイオリン…ここに?
池田:うん。前来た時忘れてったヤツ。
理也:あ…ありがとうございます…よかった…どこにいったのかわからなかったから…
池田:バイオリンは好き?
理也:「好き」っていうより…僕にとって「必要」なものです……
池田:…そっか。そうだ、理也。手出してみ。
理也:え?
池田:いいから。
理也:あ…はい。……これ…
池田:うちの鍵。マスターキーだから無くすなよ。
理也:え?でも…
池田:今渡した鍵はもう一人のお前のために、お前には必要ないものかもしんないけど、もう一人が使う気になるかもしれないから。気休めだと思って持っときな。
理也:…あなたは…
池田:何かそうゆう呼び方されんの落ち着かねぇな。篤志でいいよ、池田篤志。…あっ…そっか、名前教えんの二度目だな。
理也:……池田、さん…
池田:(そうやって通い猫が来るのを待つのも悪くない。あの生意気な猫を。)
TRACK 04
生徒A:…ねぇ、一年の成川君てさあ、左の指の付け根からばっさり…切ったんだって自分で!それでバイオリンなんで出来んの?
生徒B:留学の話がダメになったとかって…ノイローゼとかなんじゃない?
生徒A:聞いた、成川のことを?
生徒C:聞いた、やっばいよねぇ。
理也:(——ポケットの中に鍵が一本入っている。僕の知らない、僕の逃げ道が…)……?香坂先輩?
香坂:ふう〜よう。
理也:何で練習室なんかに…
香坂:あんた、プロコフィエフいまいちだな。
理也:…何してるんですか、ここで。
香坂:寝てた。別にいいだろ寝る位。…それよりもう手は治った訳?包帯外したようだ けど。すげい噂になってんのしってる?…あんたまあ、有名人だしさ、それに、自分でやったんだって。
理也:……
香坂:こっち来な、成川。見してみ手。
理也:…なっ…
香坂:ふう〜だから、こっち来いよ。
理也:嫌です。
香坂:見るだけだろ。口答えすんなよ。まぁ、あんたがヤダって言う時は意地でも動かねぇの、知ってっけどな。来いよ。
理也:……
香坂:出しな、手を。うん〜傷跡残ってんじゃん。この跡さあ…
理也:(もう痛くはないけど、まだちょっと違和感がある。)…もう離して…
香坂:まだ。この跡さあ、もう痛いとかないんだろ。じっとしてな。……っ
理也:……
香坂:…あれ、感じた?(バイオリンがなくなったら、あんたに何が残んの?理也ちゃん…)
理也:(——冷たい…鍵——…僕は知らなかった、この鍵が全ての始まりになることを——)
TRACK 05
生徒A:あれ、今日は帰るんだ?
生徒B:あ、お前残んの?
理也:三時半か…少し遅くなっちゃったかな…(僕は毎年行われる桐高の定例演奏会の代表になりだかった。必死だった、他の全部は捨ててもいいと思うほど、僕の全てはバイオリンだった。でも少しずつ、色んなことが変わりはじめていたのに、僕は気が付いていなかった。)
理也:…あ、あ…えっと、三時半からこの部屋杉浦先輩と利用許可取ってるんですが…
香坂:…あぁ、何、杉浦と二人で?
理也:定例演奏会の練習です。杉浦先輩に伴奏やってもらうから…
香坂:あんた、代表だっけ?
理也:あの…聞いたんですけど、代表の候補に先輩の名前が上がってたって。三年なんだし、先輩出たらいいじゃないですか?
香坂:何で、やだね、面倒くさい。
理也:…僕だって別に出たい訳じゃないですけど…一年が代表になったってもめるだけだし、そういうのわずわらしくて…
香坂:へぇ…もめてんの?
理也:まぁ…それはその…もめてるっていうか…
香坂:何それ?
理也:あっ…かっ…返してください!
香坂:あんたよくそれいじってない?何の鍵?
理也:…何の…って、家の…
香坂:家?
杉浦:ごめん!なるちゃん…ちょっと遅れちゃっ……て?
理也:杉浦先輩…
杉浦:あれ?ちょっと香坂——何でここに居んの?
香坂:…んじゃ、お邪魔なようなんで。成川さあ、バイオリンなんてやめれば?
理也:…は…
香坂:ここ。あんたの左の首筋硬くなってる。あんたバイオリンの持ち方癖あるから。
理也:さ…触らないでください!
香坂:あんた首長くて白いから目立つ、みっともない。
理也:そんなの…別にどうでもいいです、首のタコぐらい!僕は他にこれといって取り得もないしやめません!
香坂:あっそ。
杉浦:香坂ってさあ、なるちゃんのことマジお気にだよね〜
理也:…はぁ?
杉浦:見てれば誰でもそう思うって〜なるちゃんはなるちゃんで、香坂ファンだし〜もしかしてラブラブ?
理也:…ちがっ…何その「ファン」って…
杉浦:だって前言ってたじゃん!中三の時うちの高校の公開実技見に来て〜香坂のバイオリン始めて聴いて、感動にうち震えたって。
理也:言っ…言ってません!
杉浦:あれ?「むせび泣いた」だっけ?
理也:なっ…そんな大げさなこともっと言ってません!
杉浦:そうだっけ?
理也:そうです!だから別に好きとかじゃなくて…第一あの人…今は全然まじめにやってないし、今更そんな…
杉浦:うん…確かに。実のところもう音楽に興味ないんじゃん、香坂って。何か音大に行く気ないみたいだし。
理也:…えっ…そうなんだ…
杉浦:らしいよ。まあ、なるちゃんみたくバイオリン一筋の子からしたら、アレかもね〜
理也:(…「バイオリンの無い生活」…想像もつかない、そんなこと。)
杉浦:…なるちゃん、それクセ?
理也:え?
杉浦:鍵いじるの。よくやってるから。
理也:いや…クセっていうか…(どうして受け取ってしまったんだろう、あの日…)
理也:この鍵…お返しします…っどうして…僕がこれをお預かりする理由がありません…!
池田:お前んちってどこで乗り換えんだっけ?切符買うから。
理也:あの…だってこれ…何だか…僕が持ってちゃいけない気がする…
池田:いいって持ってな…好きな時に来ていいから。
理也:(僕は、池田さんの所で自ら指を切った…らしい。だからこそ、もう二度とあそこへは行かないし…二度と会わない…怖いんだ。また自分を失いそうで——なのに…)
三森:杉浦先輩。
杉浦:三森さん…
三森:どうも。演奏会の練習ですか。
杉浦:そうよ。
理也:えぇ…
三森:どうですか。でもまだ代表確定した訳じゃないし。お二人で練習なんて無意味だと思いますけど。
杉浦:…は?
三森:成川君は確かにうまいかもしれないけど、精神的に弱いから。それじゃ演奏家としてはやっていけないんじゃないですか?
理也:……!
三森:成川君を代表にして留学ダメになった時みたいに騒がれたら、バイオリン専攻全体が迷惑です。
杉浦:あんたねぇ、何が言いたい訳?
三森:私先生方にあって、正式に申し入れました。どうして一年の成川君がバイオリン専攻の代表になるんですかって。桐峰学園の定例演奏会は毎年三年生、例外でも二年が代表になっているはずです。来週大学の方から教授が指導にいらっしゃいますから、その時、誰が代表にふさわしいのか教授に決めていただくつもりです。私、あなたには負けません!
理也:それでこのわずらわしい揉めことが収まるなら、僕はその選考方法でかまいませんよ。
三森:…あなたなんて、本当に指切り落としちゃえばよかったのに!
杉浦:何なのあいつ!
理也:杉浦先輩…いいんです。事実だし。
杉浦:全然よくないよ!何あのでかい態度!
理也:わかんなくもないですから。ああいう必死さって。
杉浦:…でもなるちゃん…眉間にシワよってるけど…
理也:(——あれから記憶が飛んだりすることはないし、気持ちは落ち着いている。何があっても、もう逃げらしいたりしない。——…なのに、どうしてこの鍵を手放すことが出来ないんだろう…)
理也:今日楽譜持って帰らないと…あれ?楽譜がない?確かにロッか入れたはずなんだけど…あ…はい?あんな所に楽譜が…まさか…?
(三森:私、あなたにはまけません!)
理也:…すっごい低レベル…小学生並の嫌がらせ…窓から楽譜押すとなんて、しかも木の枝に引っかかってるし…はい…ここ二階だし…まいったなぁ…ちょっと…手届くかな…ちょ…コラ…届け…
香坂:何やってんの?あんた。
理也:…な、何でもありません…
香坂:あの木の上の楽譜、あれあんたがやったの?…って、んな訳ないか。取るんだろ?あれ。早く取れよ、見ててやるから。
理也:言われなくても取ります。
香坂:あんたさあ、あれがそんなに大事?
理也:ほっといてください!あなたはどうしてそう、僕の嫌がることばっかり…バイオリンやめろとかくだらないとか言うんですか。
香坂:別に。てゆうか、あんた音楽やっててもちっとも楽しそうじゃないし。
理也:……!僕は自分の楽しみのために音楽やってる訳じゃない…物心ついたころから、バイオリンばっかり…他にも何でもない。それだけが僕の価値を決める。だからもうここ以外には居場所がないって、必死になって…そんなのはたから見て、さぞ滑稽でしょう!
香坂:…マジでそう思ってんの?
理也:えっ……!あぁ…落ち……!
香坂:やめちゃえよ…あんたさえ望めは、ここ以外にあんたの居場所を作ってやる。…鍵…?
TRACK 06
池田:連絡先聞いといたんだよな…電話してみるか…?あの日、鍵を渡した日から、理也には全然会ってない。自分で指切ったり、学校飛び出したり——俺の目の届かない所で何やってんのか、気になって……って、何をそこまで気いもんでんだ俺…鍵、まだ持ってかな…
理也:あの…たびたびすみません…鍵、届いてないですか?
先生:ああ、まだ届いてないみたい。落としたの一週間前だっけ?
理也:はい…
先生:それじゃ、残念だけど、出てこないかもねぇ…
理也:…そうですか、有難うございました。(…どうしよう…たぶん、落としたのはあの日…香坂先輩に、キスをされた時だ。あれから毎日学校の事務局に問い合わせをしているのに、まだ見つからない。あとはもう、香坂先輩に聞くしか…でも、先輩とは…顔あわせたくない…)
杉浦:あれ?なるちゃん。
理也:あ、杉浦先輩。
杉浦:どうしたの?今日って大学部から教授が来るって言ってなかったけ。
理也:あ、はい。これからです。
杉浦:じゃ、さあ、あの三森と対決ってことでしょ?ま、いっちょキューってしめてきてよ。
理也:何そのキューって…
杉浦:やぁん〜だってハラ立つんだもん。売られたケンカ買うからにはさあ。
理也:え?…ええ。勝ちますよ。
杉浦:おしゃ!あ、そうだ。ところでさ、話は変わるんだけど。香坂にさあ…あげた?
理也:……!なっ…な…何を?
杉浦:鍵よ。
理也:…は…?
杉浦:ねぇ、あの鍵って結局何の鍵だったの?
理也:…あ…
杉浦:…ごめん、変なこと聞いたかな。でもなるちゃん、すごく大事にしてたから。…持ってたんだよね、香坂があの鍵に似たようなの。
理也:(…香坂先輩が?…やっぱりあの時落としたんだ…でもどうして先輩が…)
理也:失礼します。(……!何故…香坂先輩がここにいるんだ?)
教授:では、始めましょうか?
理也:…えっ、あの…待…待ってください…今日僕見森先輩と一緒に聞いてたんですけど…
教授:ああ、三森さんとのお話はもう済みました。成川君からどうぞ。
理也:…あっ…はい。(何故香坂先輩が…どういうこと?今ここで、大学部の教授に認められたほうが代表に選ばれるというのに。…何故この人がここにいるんだろう?その気はないって言ってたのに。あれは嘘…?いつも僕はこの人に振り回されてばかりいる——)
教授:今日は集中力に欠けているようですね。少し休みましょう。君は意識を集中させる必要があります。
理也:…はい。すみません…
教授:では次、香坂君。君は何をひきますか?
香坂:成川の演奏会の演目は?
教授:ブラームスのソナタ三番ですが。
香坂:じゃそれで。
理也:なっ…(嫌だ。この人と関わりたくない。今ここで僕と争うことも、あの鍵を持っていることも、キスしたことも…僕には、あの人の考えてることが何一つわからない。
理也:香坂先輩!待ってください!
香坂:何?
理也:何って…どうなってるんですか?
香坂:さあ、俺は呼ばれただけだから。先生方のほうで何かいろいろあったんじゃねぇの?
理也:僕には事情を聞く権利があると思います。先輩が演奏会出るんですか?
香坂:そんな面倒なことやる気ないって、前に言わなかったっけ?
理也:じゃあ何で今日のレッスン出てきたんですか?!しかもわざわざ僕の演目選んで!
香坂:…何であんたがそんな怒んの?三森もいなくなったし、どうせあんたが代表んなるんだからいいだろ。
理也:いい訳ないでしょう!あなたって人はどうしてそう嫌からせばっかり…僕のことが気にくわないんだったら、はっきりそう言ったらいい…!
香坂:…別に…あんたの泣くとこが見たいだけ。
理也:…な…
香坂:あのさ、前から思ってたんだけど、あんたの左手、中指でビブラートかける時変なクセが出んのなかすかだけど…指切った後から、あんたはうまくごまかしてるつもりなんだろうけど、実際よく動かないんだろ?その指。
理也:……
TRACK 07
池田:理也!理也!理也!
理也:…あ…あれは…夢?どこだっけ?ここ…何だ、家か…夜の七時過ぎか?それしても僕…いつかって、いつベットに?…あ…あれ?おかしい…確かさっきまで学校にいて…香坂先輩と…また…まただ…思い出せない…落ち着け…落ち着けってば…あの後僕はどこで何を…
(池田:好きな時に来ていいから。)
理也:…まさか…また…池田さんのとこにいた…?…あって聞けばいい。僕が池田さんの所にいたかどうか…あ、鍵…ないんだ…後から思えば、僕はこの時完全に冷静さを欠いていて、自分の考えが矛盾だらけなのに、気づかなかった。
女:はい。香坂でございます。
理也:こんばんは。…あの、桐峰学園の成川と申しますが…香坂先輩はいらっしゃいますか?
女:桐峰学園の成川様…ですね?遙人さんは今いらっしゃいませんので…
理也:えっ?
女:折り返しお電話するように申し伝えませので、よろしいでしょうか?
理也:あ、はい…じゃあ、お願いします。失礼します。(…何かお手伝いさんぽい…いい家の出って聞いてたけど、本当だったんだ…)
(RRRR…)
理也:…はい!
香坂:成川?
理也:はい…
香坂:俺の家に電話したんだろう?何のよ用?あんた俺のことを避けてるだろうと思ってたけど。
理也:…あの、杉浦先輩から聞いたんですけど…先輩があの鍵持ってるって…
香坂:鍵?…持ってるって言ったら?
理也:…返してください…!あれ僕のじゃないから…返さないといけないんです。
香坂:じゃ取りに来れば?取りに来いよ、俺んちに。返してほしいんだろ?どうする?
理也:(嫌な感じはした、けれど…僕はバカだった、何もわかっていなかったんだ。)
香坂:よう。わざわざどうも。
理也:あの、鍵を…
香坂:上がれば?
理也:えっ…
香坂:来るなり取るものとって玄関先で失礼、ってそりゃないだろ。
理也:…あ…はい。(何で広いワンルーム·マンションなんだろ…でも家具が…目に入るのは作りつけの収納とベッドだ。)ここ…自宅じゃない…ですよね?家族の方は…
香坂:自宅学校から遠くて、通うの面倒だし、ここは借りてる部屋だ。
理也:寮とか入らないんですか?
香坂:何で俺が、あんたんちだって、親海外なんだろ?
理也:えぇ…まあ…
香坂:それより、ポケットつっ立ってないで、座れば?
理也:は…はい。
香坂:バカ。床なんかじゃなくて、こっちに座るな。
理也:えっ…ベッド…?
香坂:ちょっと待ってろ。
理也:なんだ…やっぱり先輩鍵持ってたんだ。あの時拾ったならすぐ返してくれてもいいのに…またいつもの嫌がらせ…なのかな…
(池田:好きな時に来ていいから。)
理也:(池田さんに返そう…すぐにでも。最初から受け取らなければよかったんだ。このままあれを持っていたら、自分が弱くなる気がする…池田さんを逃げ場所にはしたくない…えっ?逃げ場所…?…あ…違う!何考えてるんだ、僕は…無意識の落ちに…僕は池田さんの存在を自分の逃げ場所だと思っていったなんで…もう池田さんの家に行かないし、池田さんに今合わないって決めたのに…そう決めたんだったら、焦ってここへ来てことに何の意味もない…それより何より、今ここに来たことが、本当に正しかったんだろうか…)
香坂:ほら。
理也:あっつ…!返して…!
香坂:ただじゃ返せないよな。これは誰の家の鍵だ?
理也:そんなこと…別にどうでも…
香坂:ふうん…言えないような相手な訳?
理也:…あっ…
香坂:言えよ。あんたがはっきり言わなくても、この鍵に特別な意味があることぐらいすぐわかる。制服のポケットにずっと入れてて、あんなにいじくり回してりゃな。
理也:(——特別…な…意味?——…それは僕には必要ないもので…すぐにでも返すから、今日こそ…)
(池田:気休めにでも持っときな。)
理也:(…受け取ったくせに、拒まなかったくせに…ずっと持ってたくせに…)…意味なんてない…意味なんてあるはずない…だって…それは僕がもらったものじゃない…(——…嘘つき——僕は嘘ばっかりだ。)
香坂:…まあ、何でもいいけど。
理也:な…っ
香坂:ただじゃ返せないって言ったろ。
理也:…ちょっ…ちょっと…な…何を…?!
香坂:あんた、もしかしなくてもこうゆうこと初めて?
理也:…っ…
香坂:なら教えてやるよ。…あんたが知らないだけで、バイオリンなんかよりはまれることがあるってこと。
理也:…あっ…やっ…止めて!…
香坂:…ほら…
理也:な…冗談は止めてくださ…は…ま…待って…やだっ…
香坂:暴れんな、こら…そう、大人しくしてな。
理也:…なんで…?ど…してこんな…?
香坂:あんた見てると、無性に虐めたくなる。大人しそうなフリして、実はプライドだけは人の何倍も高くて。
理也:ちょっ…そんなとこ…!
香坂:他人はどうでもいいとか言いつつ、負けるのは嫌。
理也:…もうやだ…っ…嫌だってば…
香坂:嘘つけ…いつも物欲しげな顔してたくせに。
理也:…え?…してないっ…物欲しげなんて…ひどい…!僕はそんな…
香坂:ちょっとして…
理也:……(——…嫌だ。いつもひどいこそるすくせに、こんな優しく触れてくるのは…)
香坂:あんたは人にすがるのはプライドが許さないくせに、ずっと一人でいるのも嫌なんだろ?
理也:…そんなこと…
香坂:誰かに依存したいって思ってる。
理也:(…誰か…に…?その時、僕の脳に浮かんだのは池田さんの後姿。)
香坂:ほら、この鍵を返して来い、すぐに。こんなものもうあんたには必要ないだろ?あんたは最後には俺の所に来る。
理也:……!
(RRRRR…)
理也:うるさい…誰…?はい…成川です。
池田:…あ、いた。池田だけども…理也?お前んち、家の人とかいないの?こんな夜んなっても誰も出ないからさ。何かあったのかと思ってちょっと心配した。
理也:…な…んで…
池田:理也、今日俺の学校の前にいただろ?理也、俺と目が裏に逃げたしたような?追いかけをとしたけど、見失っちゃって、あんま突然たったから気になって…
理也:…あ…僕…行ってたんですか…?池田さんの所…
池田:…やっぱ覚えてないのか?
理也:…はっ…
池田:理也?…どうした?理也!何か…
理也:…な…何で…?もう嫌だ…僕は…っ僕はあなたの所に行く気なんてなかった…!
池田:おい…理也…
理也:…もうあなたの所には行かないつもりだった。鍵だって返そうと…
池田:理也、ちょっと落ち着け、な?今から俺お前んとこ行くから…
理也:やめてください!本当に会いたくないんです!
池田:えっ!
理也:…嫌なんです。自分で自分を抑えられないのが…あなたに会うと自分がどうなるかわからないから、だから会いたくない!
池田:…いいよ、別に。
理也:……?!
池田:俺が理也のフォローするから。俺が側にいる時なら俺がみててやれるし、やばい時は止めてやれる。…一人でいるよりは、誰かがいたほうがいいと思うんだ。
理也:…どうしてあなたがそこまでする必要があるんですか?何回か会っただけなのに。
池田:…さあ…自分でもうまく説明できないんだけど…なんかほっとけないんだ、お前のこと。
理也:……やめてください…僕にはわからないから…そういうこと言わないでください。
池田:…うん、ごめんな、変なこと言って…でもさ、また何かあったら、いつでも来ていいから。…じゃ、な。
(香坂:…誰かに依存したいって思ってる…)
理也:僕は…僕は…どうしたいんだ?…もう…訳わかんな…
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妖刀乱舞/cknti
鏡中面目:
声オタ。腐。風紀委員。
制服、繃帯、領帯、眼鏡、
大叔、年下、執事、忠犬控。
説教狂。腹誹狂。自言自語狂。
不分類会死星人。不比較会死星人。
不吐槽会死星人。没音楽会死星人。
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